『灯台もと暮らし 』西伊豆ガラス工房FARO徒然日記

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フェルケール博物館さんのキャンドルナイトは21時終了。
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だけど、毎回出張体験に見えてるクリスタルパークのスタッフの皆さんが見られずに帰るので、思う存分見て帰っていただこうと延長しました。

中まで入って楽しんで頂きました。

我々はその後500個ほどのキャンドルホルダーを両脇に撤収してホテルへ。

以前、強風で板ガラスごと吹き飛ばされてキャンドルホルダーがいっぱい割れたことがあるのです。
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翌朝は片付けですが、こんなに暖かい日は初めてかと。

来場者数707名、ショップのガラス作品の売上も過去最高という記録は、この3年こういうイベントを皆さん心待ちにされていた結果だろうねと。

企画展の藍染の作品もとっても素敵でした。

穏やかな日だったのに、海上は風が強いとフェリーは欠航で急遽陸路で帰宅することに。

せっかくだから実物を見に行こうと清水灯台へ。

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「思ったより小さいな」

と主人が言いましたが、そうね、私もそう思いました。

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でも八角形のシュッとした美しい灯台。

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いい佇まいです。

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隣に飛行場があるのは何故かな?と思ったのですが、鳩を持つ少年の像を見てわかりました。

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予科練があったのですね。

富士山と少年と鳩、、、

ずっと平和が続きますよう。

帰りに富士川辺りで軽飛行機が飛んでいるのに気づきました。

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その後ろにはもう1機。

あんな近づいて飛んでるよ!と主人に言ったら

「後ろはグライダーじゃないかな?
これから切り離すんじゃない?」

と。

へぇー
グライダーかぁ。

しばらくしたら、グライダーだけがゆっくり飛んでいました。

予科練の子たちも、楽しく空を飛べる時代に生まれたかっただろうな


#清水灯台
#清水灯台稼働110周年
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#フェルケール博物館 
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先月の日本百貨店さんでのワークショップの日。

もしも時間が取れたら、どうしても行きたい場所がありました。

国立近代美術館。

実は、日本百貨店さんを後にしてから、近くのデパートで行われていた田子ちゃん達の展覧会に行き、散々お喋りして、別れたのが18時過ぎ、、、

そこから、どこをどう行くのか、ヤフー路線案内で言われるがままに電車を乗り継いで、ようやくたどり着いた場所は、数年前まで毎年子どもたちの柔道大会で来ていた武道館のそばでした、、、

なんだ、いつもこの前通ってたじゃん、、、

見たかったのは「熊谷守一」

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以前テレビで、子どもが重病だから、絵を描いてお金を作ってと懇願する妻の言葉にも描かずに死なせたというエピソードがとても印象に残っていて、そして猫の絵がとても素晴らしくて、一度見てみたいと思っていた。

時間は19時。
金土は、ナイトミュージアムになっているのを知っていて、急いで来たのです。

閉館まであと1時間、、、

急いでチケットを買い、入場。

夜なのに、多くの鑑賞者がいました。

すぐにその作品点数の多さに気づき、ヤバい!と早足に、、、

長い通路にずらりと並んだ作品を、足早に見ていたのですが、ふと見たキャプションにものすごく驚いて、静かな場所で

「アッ!」

と声をあげていました。

漁船の前に、10人くらいの子どもたちなのか?たくさん並んで記念撮影のような絵でした。

タイトルは「安良里港」

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そう、今話題の西伊豆町の安良里港、、、

なんと彼はこの地を訪れて、絵を残していた!

ああ、これに呼ばれて私はここまでして来たのか?

と、本気で感動。( ;∀;)

熊谷守一が"クマガイモリカズ"に変わっていくのがよくわかる展示になっていて、彼が生涯追い求めたものが見えるようで、先の息子さんのための絵が描けなかったこともとても良く理解できました。

私はこんなにストイックにガラスに向き合っているだろうか?

常設展も、教科書で見ていたあれやこれも本物(笑)がズラリと並んでいて、お陰で帰宅が0時を回りそうだったけど、大満足の夜でした。

翌日、この話を大コーフンで家族に話したら、デイサービスの運転手をしている主人が

「それって何年?昭和15年か、、、もしかして○○さんとかモデルになってんじゃないか?」

とか、高齢のおじいちゃん達の名前が挙がり、そうだったらスゲー(ㅇㅁㅇ;;)ってまた嬉しくなった私です。

その1
http://fglass.i-ra.jp/e974734.html

その2
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その3
http://fglass.i-ra.jp/e974763.html

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能登島は、ちょうど稲刈りシーズンで、コンバインが走り回っていました。

『こんなに田んぼ、あったんだな~』

と主人が。
私も同じこと気付いていました。

私達も田んぼをやっているので、そういうところにすぐ目が行くのです。
けれど、25年前は気付かなかった

能登島は田んぼだらけだったと気付いたのです。
しかも、休耕田がほとんどないのです。
皆、一生懸命田んぼを守って、稲作を続けていました。
それも、若手の方と良く出会いました。
これはすごいことだと思ったのです。


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さて、ずっと会いたかったのはこのおふたり。

ガラス工房で、主人と同じ部署だった元漁師の谷口さんと、
その同級生で簡易郵便局局長だった坂本さん。

ほとんど、この二人に弓の手ほどきを受けたのです。
主人も、同期入社のみんなも、初めはみんな廃校で弓を引きました。

島を出るのも入るのも、橋の料金所で800円払わなくてはならない
時代でした。
島の住民が!ですよ!

娯楽施設は皆無で、信号も1つきり。

だから、「暇だろうから、弓引かん?」って、このふたりが、、、

みんなはやめていき、残ったのは私と主人。
やっと安土に矢が飛ぶようになったら、射会に行こう!と、
松任や野々市などの武道館へ連れていかれました、、、

1年ほどで、結局忙しくなって辞めてしまいましたが、、、(╥_╥)

一緒に海でサザエを食べたり、バーベキューやったり、鴨鍋つついたり、
それが囲炉裏だったもんだから、一酸化炭素中毒で、
みんな頭痛で倒れたり、スキーにもよく行きました。

頂上で吹雪にあい、ホワイトアウト状態で何とか下山したら、
全く別のスキー場だったり!(@_@;)

主人がシートベルト非着用で、有料道路捕まったり、
とにかく歳は20歳も上だったけど、仲良くしてもらいました。

このふたりと、能登島でガラスとは関係なく、25年ぶりに
弓を引ける
なんて!

能登島を離れる時、想像もしてなかった。

主人も、会いたがっていたので、二人との再会をとても
喜んでいました。

元気でいてくれて、本当に嬉しかった。

そして、谷口さんの息子と、私達の長男が同じ年で、
二人とも弓道部
に入って弓を引いているということがわかり、
それもお互いとっても嬉しいニュースでした。

谷口さんは、翌朝、私達にタコや魚を持って来てくれました。

いつかどこかで、みんなで弓を一緒に引けるといいな。


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帰る前に、元職場へ、、、

主人は、昔の工房や寮が無くなっているところを初めて見たのです。
どうだったか思い出せないって、ちょっと寂しそう。

そして、新しい工房が立派で驚いていました。
ずっと会っていなかった菊リンや、先輩のナベさんと少し話して
近況報告してました。


それから、もう一人、どうしても会いたかった人のお家へ。

昨年、皆でお茶させてもらった、案山子窯の山田さんのお家へ。

http://fglass.i-ra.jp/e910102.html


実は最近、突然亡くなられたのです。
それで、去年撮った写真、どうしても奥様にお渡ししたくて、、、


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奥様とは、14年前にお会いしたきり。
怪訝そうに出て来られた奥様に、説明したら思い出してくださいました。

去年撮った写真を数枚お渡ししていたら、奥からお嬢さんが。
ちょうど里帰りしていたのです。

私がずっと年賀状をやり取りしていた、小学生だったゆいちゃんが、
年末に赤ちゃんが生まれると。
14年前は高校生、今は30歳くらいになったかな?

ちょっと用事で時間が無いそうで、私達も、お悔やみを言って
あわただしく能登島を去りました。


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良い再会がいっぱいあった旅でした。
子どもたちに、

この旅行、忘れないでね

って言いました。
それぐらい、私には大切な思い出になりました。

変わったかなと思ったけど、全然昔と変わらなかった。
能登島って、本当にいいところだったなーって改めて感じました。

また訪れたいです。

その1
http://fglass.i-ra.jp/e974734.html

その2
http://fglass.i-ra.jp/e974753.html

なぜ、2年続けて能登島へ?

25年前、私に弓を教えてくださった、岡本先生が始めた弓道大会が
今年とうとう20回。
記念大会となるということを昨年伺い、亡き先生に敬意を表したいと、
8時間かけて馳せ参じた次第


それは、昨年の研修旅行中のこと。

http://fglass.i-ra.jp/e910098.html


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明ちゃんと、未乃ちゃんに無理言って、民宿の向かいにある
神社へ行く時間を取ってもらいました。

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伊夜比咩神社
http://www.notojima.org/highlight/2939.html

こちらの神主さんが、私達が習っていた弓道会の会長さんでした。
毎回教えに来て下さったわけではないのですが、先生は、
私に弓道教本第1巻を貸してくださいました。

私は教本を借りっぱなしで、能登島を離れてしまいました、、、


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教本には先生の細かな書き込みがありました。
弓を再び習い始めた私は、教本の大切さを改めて知りました。
だから、どうしてもお返ししたかった。
そのため、研修旅行に教本を持ってきたのです。
ところがお留守だったので、お土産と一緒に玄関へ置いて金沢へ。

翌日帰ると、奥様から何度もお電話いただいていたそう。
先生は、1年ほど前に残念ながら他界されていました。

『主人が始めた弓道大会が、来年20周年記念なの。
是非お越しにならない?』


と誘われ、私は「ぜひ行かせてください!」と叫んだのです。


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奥様の須賀子先生
初めて入る武道館、ドキドキで挨拶に行ったら、

『ああ!お顔を見たら、思い出したわ~!』

と、温かく迎えてくださいました。

奥様も、私や主人に弓を教えてくださいました。
一緒に出かけた射会では、袴を履けない私に、着せてくださったりしました。

お会いできて、約束が果たせて、本当に幸せでした。

別れ際、

「今度また、お会いできる日があるかしら?
もうお会いできないかもしれないわ、、、」


とおっしゃって、切なかったです。
78歳だそうです。
ずっとお元気で、弓を引いて欲しいと思いました。

当日の須賀子先生を取材した新聞です。

http://wakuwakuhiroba.nt08.com/wp/wp-content/uploads/2016/09/bac0517c59a9d42b894adcf7b22638f2.pdf#search='%E8%83%BD%E7%99%BB%E5%B3%B6%E6%AD%A6%E9%81%93%E9%A4%A8%E7%AB%8B%E9%87%8E%E5%BC%93%E9%81%93%E5%A0%B4'

続く、、、
http://fglass.i-ra.jp/e974786.html

その1
http://fglass.i-ra.jp/e974734.html

内藤さん達の工房を出たのが16時過ぎ。
何時間お邪魔してたのか!

急いで能登へ。


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私が昔、自動車の高速教習受けた能登有料道路は、
"のと里山海道"という名前に変わって便利になっていました。

内藤さんから、この間ギャラリーへ納品の時、お弁当を食べようとして
この「なぎさドライブウェイ」砂にはまって車を壊し
納品できないは、クラッチ焼きつけて7万円修理にかかるは、
散々な目にあったという話を聞いた直後だったので、
子どもたちとニヤニヤ

そこからまた1時間以上走り、目的の能登島へ。

能登島の長い橋を渡る時、不思議な気がします。
昔と同じように帰って来たなって感じがしました。
きっと主人も同じだったと思います。
すごく幸せそうな、ワクワクした顔をしていました。

20年前まで、二人が暮らした場所です。

私は去年訪れましたが、14年前に長男を連れて
1度訪れて以来、主人達は来ていません。

次男にとっては、初めての家族旅行、初めての能登島。

民宿は、1泊8000円。
去年は、内陸の向田に泊まったので、今回は海の方、
鰀目地区の民宿を予約したのです。


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このお料理に、、、

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この舟盛り!!!

一人に魚、何匹出されてるの???


刺身命!の次男は、『幸せ~』と、何度もつぶやきながら
必死に食べて、おかわりもせっせと、、、

とにかく、初めての家族旅行だから、彼はとっても喜んでいました。

翌日、おかみさんは、おにぎり弁当まで作ってくださいました。

私は、弓道着に着替え、武道館へ、、、

能登島武道館


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私と主人が能登島を離れる時、ちょうど建設中だった武道館。

その左側にある、立野弓道場
私達が弓を教わったのは、築100年ほどのボロボロの廃校で、
講堂に安土を作り、トイレは暗く長い廊下を裸電球がプランと
垂れるような真っ暗なポットん便所だった。

なんと立派な弓道場ができたものだ!と、去年びっくりしたのです。


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今回の旅は、他の工房を見学させてもらうという研修もありながら、
こちらの弓道大会へ出場するという約束を果たすためもありました。


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大阪にある、ドアノブメーカーの「株式会社ユニオン」を一代で興したのが、
私達が泊っている地区、緩目出身の立野さんという方。

その方へ、当時の町長が口添えしてくださって、この美しい弓道場が完成。


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開設20周年記念大会ということで、例年よりも多くの参加者があり、
200名が立射8射引きました。

ものすごい猛暑で、私はお手伝いで動き回っているのが大変でした。

皆中、3中すると、ドーナツセットが頂ける。(^-^)

結果?
8射中3中でした、、、

主人たちは、能登島ガラス工房時代の同僚である大久保さんの
御主人が操業する「第2みずほ丸」で、
ドルフィンウォッチング
に行ってました。

http://www.notoirukawatching.com/


ラッキーなことに、すぐ近くにイルカが来ていて、
30分コースで半額だったそう。(笑)

何にも知らずにいた大久保さんは、見覚えのある、でもいるはずのない人が
近づいてきて、本当に腰を抜かしたようです。

私はいつも、フェイスブックでやり取りしてるから、来てること
知っているかな~とか勝手に思ってた。笑

14年ぶりの再開、楽しかったようです。

その後、水族館でジンベイザメ見たんですって、いいな~

夕方、主人に武道館へ迎えに来てもらい、宿へ。

昨日あまりにも夕飯が多すぎて、もったいなくて残念だったので、
女将さんへ「明日はもっと夕飯を少なくしてください。」って言ったら、

『え??』

どうやら、1泊だけだと思っていたらしい。

それで、この日のこんだてに悩んでいたようですが、、、


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甲殻類で攻めてくれました。
ご飯は、タコの釜めしでした。

私達が住んでいるころ、堤防歩きながら、糸の先に赤いものを付けて
ふわふわやっているとタコがかかるよって、一緒に働いていた
谷口さんが言ってたほどタコが良く獲れました。

今はあまり獲れないみたいです。

この日も、次男はご飯を3杯いただいていました。

お米は、能登島のコシヒカリ
ご主人がちょうど稲刈りで大忙しでした。
予約もあいまいになるほど、忙しいわけです。


続く、、、
http://fglass.i-ra.jp/e974763.html

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